年齢と心の深淵


心の深いところにある言葉に、手を伸ばそうとさえしてないな、最近。昔はまるで砂金をあさるように、心の底を両手でザクザクかきわけてたのに。……というほどがんばってはいないか。今と大差ないか。

昨日、ぴらぴらのアホみたいな服着て街のガラスに映る自分の姿を見て、「あ、もう34なんだった」とひとりごちてしまった。

わたしより、友達の赤ちゃんのほうが魔女宅のキキの年齢に近いということに気付いてしまった。しかもダブルスコアで。

最近、会社のとなりの席の人が大変目標になる既婚アラフォー女性だということに気付いた。

同い年の友達が、うっかりオソノさんが自分たちより年下な可能性を示唆した。

年齢とか歳を重ねることについて、ここんとこちょいちょい考えたり書いたりしてる気がする。まず第一に、気にしない、気にされない歳の取り方をしよう。着たい服を着るし、やりたいことをやるし、生きたい人生を生きよう。

あー、心の深淵のことを書こうとしたのに、歳の話になっちゃった。心の深淵は、物語を書かないとなかなか出てこないな。

Proseに載せられるネタないかなって過去のブログさかのぼって読んでみたけど、ぜんっぜんなかった。書くということと向き合う時間には、ほとんどなっていなかった。ブログ。仕事の書き物は、書く技術とは向き合っても、自分の内側とはさほど向き合わない。自分の内側を使うけど、掘り下げはしないし、アウトプットもしない。

そういうことがちょっとしたくなってきたなー。もっともっと時間が欲しい。(でも時間は足りないくらいがちょうどいい。じゃないと結局やらない。)

ワクワク感


やさしいぞ!マメンチサウルス (まんがなぞとき恐竜大行進)
たかし よいち
理論社
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書いてる人がワクワクしてるものはおもしろい。

恐竜に興味なくても、まるで自分まで興味あるみたいな気になってくる。そうやって、好きなものが一つ増える。

子どもにこういう本をいっぱい届けられるといいですな。

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メモ:ワクワク感に関するJAXA阪本先生のすてきなエッセイ
http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2011/back329.shtml

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伝えたいという気持ちに裏付けられた、伝えようという意思。

いつでもどこでも


書くのはいつでもどこでもできる。
わたしが暮らしてさえいれば。

表現手段が文字を綴ることだというののいちばんいいところは、いつでもどこでもできること。
一人でできること。

書くことで暮らすのはまだできない。
でも、暮らしながら書くことはできる。

肉筆


夕方、隣の席のデザイナさんがわたしの机の手鏡をスルッともってった。
黙認したものの、なかなか返してくれないなー忘れてないかなーと思っていたら、夜、作品化されて返ってきた。

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さとうだいち・画

きれいやー。

写真でよく撮れたと思うが、アクリル絵の具の載った筆先が楽しげに運ばれていった跡がよく分かる。肉筆。

こんなふうに、描き手らしさが見る人に気持ちよく響く、なんでもないものを、わたしも書きたい。