2012年なにしよう


気が早いけど、2012年のGWは2日有給取れば9日になることが分かった。
自転車で京都に行くか、シベリア鉄道か、どっちかやろう。

京都いこっかなー。まきちゃんに会いに。

日焼け対策ちゃんとしよう。

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自転車で漁り火見に行こうと思う。

まきちゃんが遠のくなあ‥‥。
帰り道に寄ろうかな。

写真撮ってもらった


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写真をとってもらった。
カメラマンさんはこれが一眼レフデビュー。ネガフィルム一本目。

枚数決まってるからシャッター押すのをもったいながってた。そういうの楽しそうだな!いいな!わたしもカメラ持ち歩こう!

紙焼きなんて、10年ぶりくらい。

アルバム買わなきゃふんふん♪

仙台旅行その7 平泉→東京


最終日は、一関のコンビニ駐車場からはじまるゆるい一日。
二度寝して、ゆっくり起きて、化粧ものんびりして、車を出す。

平泉は、わたしの持ってた事前情報は「世界遺産になった」「‥‥の割にはたいしたことない」「松尾芭蕉が”なつくさや〜”とかを詠んだ」くらい。まあ観光地だから行けばなんかあるだろう、くらい。

なので、まず金色堂へ。
芭蕉の「五月雨の 降り残してや 光堂」を感じる。

宮城旅行_3日目(岩手)

うそ、あんま感じなかった。
金色堂の外にもう2つお堂というか、まあおうちがあって、おうちのなかのおうちのなかのお堂、という感じで、元々のお堂としての金色堂の感じがぜんぜん想像できなかった。
人の量もすごかったし。

芭蕉が来たときはどんな感じだったのかな。

宮城旅行_3日目(岩手)

憧れの芭蕉とツーショット。通りすがりのおばさんにiPhoneで撮ってもらった。

それから、つわものどもの夢の跡へ。

宮城旅行_3日目(岩手)

跡地にはお堂があって中に義経の像がいたりしたが、本当に大したことのないただの見晴らしのいい場所でした。

でも、見晴らしは本当によかった。

わたし、北上川が眺められる場所なら住めるな。

夏草や兵どもが夢の跡

うむ。

という感じで平泉巡りはわりとあっさり終えて、帰りはお金がないので下道で何時間だか走り、仙台に帰ってきました。腰痛がひどかった。腰がバカになっていると思った。これから長距離バスかと思うと泣けてきた。

東北から東京へ高速で帰ってくると、千葉方面から東京を眺めることができる。スカイツリーが見えて、それから東京タワーが見える。この夜景が、本当にきれい。

東京を懐かしく思う。

こないだ東京から出て行くときも、東京タワーを見ながら東京を懐かしく感じた。実家へ帰るとき。実家つーか名古屋へ。

この感覚は、きっと東京生まれ・育ちの人にはなくて、地方から来た東京住人が共有するなんかなんじゃないかなと、漠然と思った。

ふるさとじゃないので、東京ははかない。自分が手放せば、簡単に無関係の場所になる。
東京は、たくさんある都市のどこか一つ、ではなくて、たった一つの東京である。少なくとも私にとっては。この街である程度自分の歴史を作ってしまったからなのだろうけど。
でも、ふるさとじゃない。他人の場所。間借りしてるだけ。

そういう感じがする。

結婚して子ども育てて、東京を自分の街にしたいなと、最近ときどき思う。

さて翌日、会社で「平泉へ行った」と言ったら、歴史好きで有識なおじさま2人に「もうつうじ、行った?」と言われた。
平泉で見るべきスポットと言えば、金色堂と毛越寺(もうつうじ)なのらしい。

ものを知らないと損するなあ。ものを知っている彼氏がほしいなあ。城とか寺とか歴史とかすごい知ってる人。そういう人にうっとりするなあ。あと、今まで一人もいなかったけど、星座の名前や世界の星にまつわる伝説をすごい知っていて、宇宙を語れる人。そういう人にうっとりしたいなあ。

わたしもいい歳なので、ものを知ってる男をさがすのはほどほどにして、ものを知ってる女になる努力をしたほうがいいな。

‥‥という愚にもつかない話で旅日記はおしまいです。

バスは腰がつらかった。あんなことを繰り返したら腰をダメにするだろう。
けど、また旅行行きたい。

一人旅は楽しい。
全部マイペースで、早歩きで山登ったり駆け下りたり、つまんない高台でボーーーーーっと川を眺めたり、時間をかけてしょーもない写真を撮り続けたり、あらぬ道を突き進んだり、無駄足でもとことん行き止まりまで行ったり、釣りのおじさんにもじもじ話しかけたり、寿司屋のおじさんに気を遣わせたり。
そういうわがままでマイペースな一人旅を、もっともっとしたい。海外でもしたい。

結婚とか子どもとか、やっぱ40になってから考えよう。まだしばらく一人でいよう。

仙台旅行その6 北上川


瓦礫と海に挟まれて、道なき道を走った松島周辺。
風呂を求めてたどり着いた、壊滅状態の女川。

被災地は見たかったけど、こんなにどこへ行ってもなにもない、というか身に危険を感じるとなると、さすがに逃げたくなって、残る時間も減ってきたので、わたしは普通の観光地を目指すことに。

来た道を戻り、女川をもう一回じっくりと見物して、石巻経由で北上川を目指す。北上川が夕陽できらきら光って黄金の川みたいになっていたあの景色を見たかった。

あの記憶が、どこを目指してどの道を走っていたときなのか、ぜんぜん覚えていない。覚えているのはキラキラに圧倒されたのと、寝ていた助手席の人を起こしたのと、その人がそんなに圧倒されてなくて物足りなかったこと。(でも旅の前に「あのすごい綺麗なでかい川、どこだった?」と聞いたらすぐに「北上川」と答えてくれたので、感動はそれなりに共有できていたようだ。)

今から急げば夕焼けの時間にぴったり。
夜は一関あたりで1泊して、明日平泉観光、午後帰路に着いて夕方発のバスまでに仙台に帰ってくる。完璧!

と思ったんだけど、道に迷ってしまった。
一関街道という道が川に沿っているので、それを目指したのだけど、なんか別の道に乗ってしまってぐるぐる迷う。ここで1時間くらいロス。
夕焼け狙いで1時間ロスはけっこう致命的。

それでもなんとか北上川沿いの道にやっとのっかったころには、川面は山の陰になっていた。川面が光るのを見るには、太陽がけっこう上にある時間に来なきゃいけないんだな。
でも、ロスした1時間がなければ、完璧な時間帯だったはず!(悔

結局あの景色は見れなかったけれど、川沿いの道から、日没を見守ることができました。

宮城旅行_2日目

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今回の旅で刺激の強い景色はたくさん見たし、いろんなことを考えたり思い出したりしたけど、気持ちがあふれて泣けたのはここでした。

わたしがどんなふうに人生選択をし、迷い、暮らしていても、大きな自然災害が人の営みを壊しても、宇宙の摂理の揺るぎなさはすごい。東北は美しい。

さて、夜になり、一関に着く。
「ゆ・ファミリーレストラン古戦場」で、やっとお風呂! この旅初のお風呂!
さっぱりきもちE!

ついでにご飯も食べちゃって、遅くまでやってる近所のイオンでおかしとか電池とか化粧水とかを買い物して、コンビニの駐車場に宿を取る。歯をみがいて、さむくないように色々着て、就寝。

この日は、日の出を塩竈神社で、日の入りを北上川で見ることができた。

普段朝の遅いわたしにとって日の出からスタートした一日は長く、しかも見たことのないものすごい風景をすごくたくさん見て不安な思いをたくさん乗り越えたので、塩竈神社の日の出が、とても同じ日のものだとは思えなかった。

長い一日だった。

宮城旅行その5 女川街道→女川


石巻でヘドロ臭になってしまった車内にいたら、無性に風呂が恋しくなった。次の目的地はひとまず風呂!

というわけで、『まっぷる』(2011年4月発売)片手に「女川温泉ゆぽっぽ」をナビの目的地に設定。松島にもお風呂はあったみたいだけど、戻るのやだし、海ぎわで次のポイントとしては女川でいいかなといいかげんに判断。

このときはまだ、テレビでよく聞く地名と、被災状況の映像がまったく結びついていなかった。どこがどれくらい被災していて、どれくらいの復興状況なのか、よく分かっていなかったし、あまり興味もなかった。ひとくくりで「東北の太平洋側」という把握。
(これは、関東以西に住む人に多いと思う。ひとくくりにしてざっくり把握、これは風評被害の根源。)

石巻港を出て、ひとまずコンビニで水分補給。

駐車場裏の住宅街は、津波にさらわれたままのと建て替え済みの新築が混然としている。

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↑一階部分がごっそりさらわれている。

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↑静岡県の同町名の方々がボランティアに来て、寄せ書き残していったよう。

さて出発。

ナビに従って30分ほど走ると、風景はいよいよ殺風景に。

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確かに「女川」って被災地としてよく聞く地名。風呂は本当にあるのか。

(女川の写真は、縦横比1:2のワイド版で掲載します)

ナビに従い、さらに走ること15分。「目的地周辺です」というアナウンスが聞こえたときに目の前に広がっていた風景が、以下。

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なるほど、風呂はない。

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臭いとホコリがすごい。

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↑建物が横転して海に浸かっている。

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↑もしもこの風景を見ながら風呂に入れたら、最高の気分だったろう。行楽シーズン、台風一過の晴天、入江。

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↑海に浸かっている建物の陰に小魚が泳いでいる。人工物以外は津波のことなど忘れたように穏やか。

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どの建物がなんだったのかぜんぜん分からないけど、このあたりには駅も町役場もあった場所のよう。


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塩竈でも石巻でもなかった現象として、女川にはデジカメを持った人がたくさんいた。そういう人用というわけでもないのだろうけど駐車スペースもしっかりあって、みんなそぞろ歩きしながら被災風景を撮影していた。

わたしはここからさらに海沿いに北上して、北上川へ出たかった。
道は「ブルーライン」という一本道のみ。抜けられるかどうか分からなかったけれど、あちらから来る車もあるし、通行止めの案内もなかったので、行ってみることにした。

ほとんど海も見えない山道で、アスファルトがひび割れていたり穴が空いていたりするところもあったけれど、それでも気持ちのいいドライブができた。途中、小さな港や民家もあったりして、なんとか抜けられそうな気配を感じながら進む。

ところが、30分ほど走ったところで、通行止めに当たる。

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砂利道が右方向に続いていて、タイヤの跡もある。誰も止めない。抜けられるのか。

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道は、細い渓流を渡る部分が断絶していた。

この日は朝から砂利道ばかり走って冷や汗かきっぱなしだったので、ああもうやだな、と思ったけれど、ここまで来てUターンもできない。道なき道を行く。

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徐々に砂利が粗くなる。川も渡れるとは思えない。

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ついに、道がなくなる。タイヤの跡はなんだったんだろう、と車を降りてみると、跡はここでUターンしている。なるほど、わたしと同じ志を持った冒険者たちの足跡だったのだ。

足元は砂利だと思って走っていたのに、それはいつのまにか牡蠣の殻になっていた。

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自然にできた貝塚なのか、捨てられたものなのかよく分からない。

ちなみに、このUターン地点はここ。


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ここから1時間も北上すれば北上川に出れるのに、来た道をすごすごと石巻まで戻らなきゃいけない。女川を経由して。

昔見た、夕焼けの北上川が見たかった。北上川に太陽がキラキラ反射して、幅の広いゆったりした川が黄金の川みたいに光ってた。10年前の宮城旅行の中で、いちばん強烈に覚えているのがその景色だった。