仙台旅行その7 平泉→東京


最終日は、一関のコンビニ駐車場からはじまるゆるい一日。
二度寝して、ゆっくり起きて、化粧ものんびりして、車を出す。

平泉は、わたしの持ってた事前情報は「世界遺産になった」「‥‥の割にはたいしたことない」「松尾芭蕉が”なつくさや〜”とかを詠んだ」くらい。まあ観光地だから行けばなんかあるだろう、くらい。

なので、まず金色堂へ。
芭蕉の「五月雨の 降り残してや 光堂」を感じる。

宮城旅行_3日目(岩手)

うそ、あんま感じなかった。
金色堂の外にもう2つお堂というか、まあおうちがあって、おうちのなかのおうちのなかのお堂、という感じで、元々のお堂としての金色堂の感じがぜんぜん想像できなかった。
人の量もすごかったし。

芭蕉が来たときはどんな感じだったのかな。

宮城旅行_3日目(岩手)

憧れの芭蕉とツーショット。通りすがりのおばさんにiPhoneで撮ってもらった。

それから、つわものどもの夢の跡へ。

宮城旅行_3日目(岩手)

跡地にはお堂があって中に義経の像がいたりしたが、本当に大したことのないただの見晴らしのいい場所でした。

でも、見晴らしは本当によかった。

わたし、北上川が眺められる場所なら住めるな。

夏草や兵どもが夢の跡

うむ。

という感じで平泉巡りはわりとあっさり終えて、帰りはお金がないので下道で何時間だか走り、仙台に帰ってきました。腰痛がひどかった。腰がバカになっていると思った。これから長距離バスかと思うと泣けてきた。

東北から東京へ高速で帰ってくると、千葉方面から東京を眺めることができる。スカイツリーが見えて、それから東京タワーが見える。この夜景が、本当にきれい。

東京を懐かしく思う。

こないだ東京から出て行くときも、東京タワーを見ながら東京を懐かしく感じた。実家へ帰るとき。実家つーか名古屋へ。

この感覚は、きっと東京生まれ・育ちの人にはなくて、地方から来た東京住人が共有するなんかなんじゃないかなと、漠然と思った。

ふるさとじゃないので、東京ははかない。自分が手放せば、簡単に無関係の場所になる。
東京は、たくさんある都市のどこか一つ、ではなくて、たった一つの東京である。少なくとも私にとっては。この街である程度自分の歴史を作ってしまったからなのだろうけど。
でも、ふるさとじゃない。他人の場所。間借りしてるだけ。

そういう感じがする。

結婚して子ども育てて、東京を自分の街にしたいなと、最近ときどき思う。

さて翌日、会社で「平泉へ行った」と言ったら、歴史好きで有識なおじさま2人に「もうつうじ、行った?」と言われた。
平泉で見るべきスポットと言えば、金色堂と毛越寺(もうつうじ)なのらしい。

ものを知らないと損するなあ。ものを知っている彼氏がほしいなあ。城とか寺とか歴史とかすごい知ってる人。そういう人にうっとりするなあ。あと、今まで一人もいなかったけど、星座の名前や世界の星にまつわる伝説をすごい知っていて、宇宙を語れる人。そういう人にうっとりしたいなあ。

わたしもいい歳なので、ものを知ってる男をさがすのはほどほどにして、ものを知ってる女になる努力をしたほうがいいな。

‥‥という愚にもつかない話で旅日記はおしまいです。

バスは腰がつらかった。あんなことを繰り返したら腰をダメにするだろう。
けど、また旅行行きたい。

一人旅は楽しい。
全部マイペースで、早歩きで山登ったり駆け下りたり、つまんない高台でボーーーーーっと川を眺めたり、時間をかけてしょーもない写真を撮り続けたり、あらぬ道を突き進んだり、無駄足でもとことん行き止まりまで行ったり、釣りのおじさんにもじもじ話しかけたり、寿司屋のおじさんに気を遣わせたり。
そういうわがままでマイペースな一人旅を、もっともっとしたい。海外でもしたい。

結婚とか子どもとか、やっぱ40になってから考えよう。まだしばらく一人でいよう。

生活したらイヤんなるけど、それでも好き。


引っ越す直前、

「そらせまいけど とうきょうがすき
せいかつしたらいやんなるけど それでもすき」

書いているけど、わたし、生活してもいやんならなかった。

中目に住んでた頃は、東京から新幹線で出ていくとき、羽が生えたみたいに心が軽くなって、鉛のように重たい現実から抜けられる解放感がすごく気持ちよかった。行き先は、京都だったり東北だったり実家だったりした。とにかく、品川駅からすーっと新幹線が動き出して、どんどんスピードが上がっていくあの解放感。忘れていない。

でも、引っ越す前に心配していた「東京で暮らすことのストレス」は、3年目にしてかなりいい感じ。お金ないけど、幸せ。こんなにないのに、毎月ものすごい赤字なのに、中目のころに感じていたへんな焦りはまったくない。

あのころ、焦ってた。なにに焦ってるのか分からなかった。だからつらかった。でも焦っているのは分かった。無意味な焦りだというのも分かっていた。だからつらかった。朝がいやだった。一日が長かった。うんざりした。暮らすのが重かった。

今焦っていないのは、ちゃんと地に足着いて前に進んでるという実感を持てているんだろう。将来設計なんてなくなっちゃったけど。貯金も収入もすごく減っちゃったけど。

でも、あの頃だって生きている実感はいやというほどあったよ。なんであんなに苦しかったんだろう。寂しかったんだろう。辛かったんだろう。重かったんだろう。

生きているという実感の種類が違ったのかなあ。あの頃はヒリヒリするほどだった。受け止めきれなかった。こなせてなかった。

今は自分のペースで進み、後じさり、様子を見、はしゃぎ、傷つき、泣き、笑っている。

夏の写真:入谷のあさがお市


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どこにもない井戸


すごく近くに住んでいるし、いつも気にしながら歩いているのに、どうしても見つからない井戸がある。
でも有名で、みんなやすやすと写真を撮ってアップしている。
土地勘のない母でさえ、散歩中に見つけたといっていた。

http://mainichi.jp/tanokore/column/tamaki/003927.html

橙とか紫とかピンクとかが、ぎゅんぎゅん。


あまりにも仕事に飽きたので、息抜きにコンビニまで散歩するにも暑いので、ブログに写真でもアップしてみんとてするなり。

nishi

西。日暮れに燃える空。

east

東。日暮れに照らされる街。

最近心引かれたり興味を感じたりするのは、他愛なくあたりまえにすぐそこに肌に触れるところにある尊さみたいなもので、そういうことをちゃんと表現というか、人に伝わる形にしたいなと思っている。

撮影:昨日の日暮れ、会社の屋上にて。