最終日は、一関のコンビニ駐車場からはじまるゆるい一日。
二度寝して、ゆっくり起きて、化粧ものんびりして、車を出す。
平泉は、わたしの持ってた事前情報は「世界遺産になった」「‥‥の割にはたいしたことない」「松尾芭蕉が”なつくさや〜”とかを詠んだ」くらい。まあ観光地だから行けばなんかあるだろう、くらい。
なので、まず金色堂へ。
芭蕉の「五月雨の 降り残してや 光堂」を感じる。
うそ、あんま感じなかった。
金色堂の外にもう2つお堂というか、まあおうちがあって、おうちのなかのおうちのなかのお堂、という感じで、元々のお堂としての金色堂の感じがぜんぜん想像できなかった。
人の量もすごかったし。
芭蕉が来たときはどんな感じだったのかな。
憧れの芭蕉とツーショット。通りすがりのおばさんにiPhoneで撮ってもらった。
それから、つわものどもの夢の跡へ。
跡地にはお堂があって中に義経の像がいたりしたが、本当に大したことのないただの見晴らしのいい場所でした。
でも、見晴らしは本当によかった。
わたし、北上川が眺められる場所なら住めるな。
夏草や兵どもが夢の跡
うむ。
という感じで平泉巡りはわりとあっさり終えて、帰りはお金がないので下道で何時間だか走り、仙台に帰ってきました。腰痛がひどかった。腰がバカになっていると思った。これから長距離バスかと思うと泣けてきた。
東北から東京へ高速で帰ってくると、千葉方面から東京を眺めることができる。スカイツリーが見えて、それから東京タワーが見える。この夜景が、本当にきれい。
東京を懐かしく思う。
こないだ東京から出て行くときも、東京タワーを見ながら東京を懐かしく感じた。実家へ帰るとき。実家つーか名古屋へ。
この感覚は、きっと東京生まれ・育ちの人にはなくて、地方から来た東京住人が共有するなんかなんじゃないかなと、漠然と思った。
ふるさとじゃないので、東京ははかない。自分が手放せば、簡単に無関係の場所になる。
東京は、たくさんある都市のどこか一つ、ではなくて、たった一つの東京である。少なくとも私にとっては。この街である程度自分の歴史を作ってしまったからなのだろうけど。
でも、ふるさとじゃない。他人の場所。間借りしてるだけ。
そういう感じがする。
結婚して子ども育てて、東京を自分の街にしたいなと、最近ときどき思う。
さて翌日、会社で「平泉へ行った」と言ったら、歴史好きで有識なおじさま2人に「もうつうじ、行った?」と言われた。
平泉で見るべきスポットと言えば、金色堂と毛越寺(もうつうじ)なのらしい。
ものを知らないと損するなあ。ものを知っている彼氏がほしいなあ。城とか寺とか歴史とかすごい知ってる人。そういう人にうっとりするなあ。あと、今まで一人もいなかったけど、星座の名前や世界の星にまつわる伝説をすごい知っていて、宇宙を語れる人。そういう人にうっとりしたいなあ。
わたしもいい歳なので、ものを知ってる男をさがすのはほどほどにして、ものを知ってる女になる努力をしたほうがいいな。
‥‥という愚にもつかない話で旅日記はおしまいです。
バスは腰がつらかった。あんなことを繰り返したら腰をダメにするだろう。
けど、また旅行行きたい。
一人旅は楽しい。
全部マイペースで、早歩きで山登ったり駆け下りたり、つまんない高台でボーーーーーっと川を眺めたり、時間をかけてしょーもない写真を撮り続けたり、あらぬ道を突き進んだり、無駄足でもとことん行き止まりまで行ったり、釣りのおじさんにもじもじ話しかけたり、寿司屋のおじさんに気を遣わせたり。
そういうわがままでマイペースな一人旅を、もっともっとしたい。海外でもしたい。
結婚とか子どもとか、やっぱ40になってから考えよう。まだしばらく一人でいよう。






