子ども・子育て新システム


資格取れてからぜんぜん勉強してないけど、なにがどう変わるのか箇条書きで整理したいな。

http://kahajime.exblog.jp/15868793/

 本当に待機児童を解消しようと思えば、「新システム」などという制度破壊をしている暇はないはずです。今の制度で十分対応出来るし、すべきなのです。
 また、制度の根幹から考え直すなら、イギリスのように、貧困層の子どもたちに対する手厚い保育を、という方向に進むべきですが、子ども子育て新システムにはこういった視点はありません。

そもそも、保育制度というのは、子どもの人権や健やかな育ちを守るためのもので、貧しい・弱い人を守ろうという話で始まったものなんだから、儲かるわけない。
トクかソンかで言ったら、ソンに決まっている。
商売として考えたら、成立しないに決まっている。
福祉なんだから、ゆとりのある人からない人へという流れで援助が渡る、そういうものだ。
国とか政府っていうのは、そういう仕事をするために存在するんじゃないのか。

応益負担ができるくらいなら、援助いらないっつの。

あと、保育士は福祉の精神を持ってるからなにも言わないのかもしれないけど、保育従事者が生活を営めるだけの給料を得られてないのはおかしいと思う。それともそれが営める額だというのでしょうか。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

健康で文化的な最低限度の生活 って、どうやって計ればいいんだろうな。

いい子って言わない


こっそり抱いている自分の保育指針として「『いい子』って言わない」というのがある。多くの場合、「いい子」=「大人にとってつごうのいい子」だから。

それ間違ってるって重々分かっててもつい、言うこと聞いてくれると「○○ちゃんはいい子だねえ」と言ってしまう。そんなことを褒めてはいけない。それでは子どもが「つごうのいい人」に育ってしまいそうで怖い。

大人には怪獣のように見える子でも、自分より小さい子にやさしかったり、お手伝いして誰かを助けることを喜びに感じたり、負けず嫌いでがんばりやさんだったりする。そういうのがいい子だと思う。

「いい子にしてた?」って大人が子どもに言うときは大抵、「大人に迷惑かけなかった?」って意味だよね。なんというパワハラ!

ちなみに、わたしは元・いい子です。

疲れているときの日記はろくなことにならない


2〜5歳に慣れたところで1歳児のお食事面倒見たりすると、もうなんか絶望的な気分なる。
調理師さんがいろいろ計算して作ってくれてる食品の、一体何割を床にこぼす気なのか! よく食べたと思ったら、床で米粒が山盛りになっているじゃないか!
つーかコップくらい自分で持て! やる気がないなら帰れ!

でも、ろくに飯も食えないこの子らが来年の夏には……いや、1年じゃ大して変わらないな。ぼーっとして、床にぼろぼろ落としてるな。

でも2年経てば箸が持てるし、3年経つと先生やお当番さんのお手伝いするし、4年経つと下手なバイト先生より気が利く仕事ぶりを見せる。

それに比べて、わたしは去年の夏からなにが変わったろう。手取り額は減ったし休日も減ったし、余裕も減ったし老いたし……。

子どもがお母さんを求めるきもち


パチンコ店の託児所で、もう大きな男の子が、暮れゆく駐車場を見てた。

小さい子が泣いてて、彼は泣けなかった。

彼はただ、その体にはちょっと狭すぎる託児所の、床に座り込んで、窓越しに、暗くなりはじめた、灰色の、駐車場を見てた。

おはなし会


たまたま図書館へ行ったら、おはなし会が始まるところだったので、聞いてきた。

地下の、普段は展示室などにも使われている部屋で、おはなし会はろうそくを付けて、照明を落として、はじまった。

参加者は、中学年くらいの子が5〜6人くらいかな。
あと、ちっちゃいこととか、赤ちゃんとか。

3話、ストーリーテリングだった。
わりと長いのが続いて、中学年でも好きじゃなきゃ飽きるなと思った。
私でさえ、絵本ならいいのにと思った。

民話の会の語りは、もっとすごく人を引き込む。
もともとの物語の言葉に依存せず、自分の言葉でつつみこむように語るから、すごく引き込まれる。語り部の世界に引き込まれる。

ストーリーテリングは、わたしの体験が乏しいだけかも知れないけど、どうしても、お話し好きの大人のエゴが先走って、子どもが置いてかれてしまっているように感じる。
図書館で企画したものって、そうなりがちなのかな。
保育現場、教育現場ではないわけだからな。

▽メモ
子ども貧国:抱き締める、心ごと〜先生たちの危機感(6)〜
中日新聞(2月26日)より