日帰りボラツアしてきました。


三連休の中日を使って、日帰りのボランティアツアーに参加しました。

最近、地震直後に書いていたTwitterやFacebookを読み返してみて、あのころいかに寒かったか、寂しかったか、動揺していたかを思い出していました。

会社から帰って一人分のあったかい食事を作り、その食事がおいしいと、どこかの瓦礫に閉じ込められているかもしれない人や、どこかの陸の孤島で救護を待っているかもしれない人を思って泣いていた。「この、あったかくておいしいものを届けてあげたい」という気持ちが、のどの奥から湧いてきた。会社で仕事をしていることが、なんとなく虚しかった。

地面が断続的に揺れるというのはいけませんね。あんなに人の心の平静を壊してしまうものだというのを、地震大国にあって初めて心と体で学びました。

最近やっと落ち着いてきて、引きずられたりもしなくなったので、そろそろ「何かしたい」と思ったのです。できる範囲で。

わたしにとっては、何か・誰かに「何かしたい」という衝動が自分の中に湧いたのも新鮮でおもしろかった。この衝動に素直に動いてみたいと思った。

今回参加したのは、石塚観光このツアーです。根性なしにぴったりの日帰りバスツアー。

後日届いた詳細書類はコチラ。
スケジュール
服装について
道具について

作業地は石巻。作業内容は「側溝」。ドブさらいです。

ドブさらい

石巻の中里というところの町内会のお手伝い。住宅街の側溝のふたを外して、側溝にたまったヘドロをシャベルで掻き出して土嚢袋に詰めていく。ただそのくり返し。

作業は10時から14時半まで。30分に10分ほど休憩が入って、お昼もたっぷり1時間以上。熱射病対策だそうですが、総勢40人以上の我々ツアーボランティアにできたのは、2ブロックくらいだったんじゃないかな。

側溝には、黒くて粘りけがあり油っぽいヘドロが、高さ20センチくらい、生活水でどろどろになって溜まっていました。

このヘドロのせいで、側溝に流れ込んだ水がなかなかハケてくれないらしいです。そのため、こうやって何度も人の手で掻き出すのだと。

ところが、いくらやったって、この側溝が流れ着くところの川や海にもヘドロは溜まっていて、そこが整備されないかぎりこの作業は終わりがない。
海や川はは国や行政の管轄であって、今のところまったく手つかずなんだそうです。

側溝は、最初のうちガスなどを発生してとても臭かったんだそう。

この地域は、家屋倒壊はないようだったけど、床上浸水したところが多かったよう。震災後数日を、自宅以外の場所に避難した人が多いようでした。壁や床はもうすっかりきれいで、聞かないと分からないくらい。新築風のお宅が多くて、庭木はきれいに手入れされていたし、花壇の花も色とりどりに咲いていました。

この日は終日晴天の真夏日だったけど、風もあって、言われていたほどの過酷さは感じませんでした。0時起床・2時出発でやってきたことを思うと、たった4時間、そのうちの半分以上が休憩だったというのは、あまりにも残念な気がするけれど、まあこれが日帰りツアーの限界ということでしょう。

それでも、地域の方はとても歓迎してくれて、お寿司屋さんはたけのこの煮物とトマトサラダを振る舞ってくれたし、荷物を置かせてくれたお宅は冷たいポカリスエットを振る舞ってくれたりいろいろお話をしてくれて、帰り際には深々と頭を下げて「どうぞ末永く、忘れないで、よろしくお願いします」とおっしゃっていました。

このお母さんがとくに語気を強めておっしゃっていたのが「津波の時はてんでん」という言葉でした。津波の時、家族を助けに行った人はどんどん亡くなってしまった。まずはなにも持たず、人を助けに戻ることもせず、自分の身だけで逃げろということだそうです。でもそんなこと、いざとなったらなかなかできないよね。このお宅からほんの3キロも行った地域は壊滅状態で、今も瓦礫の山なんだとか。知り合いもたくさん亡くされて、今もお葬式が次々にあるそうです。

ツアーには、会社の仲間4人で申し込みました。参加費一人3000円、ボランティア保健480円。梅雨に入ってすぐのころ申し込んだのだけど、大人気で予約いっぱいでした。6月上旬に申し込んで、いちばん早く参加できるのが7月17日だったほどです。

わたしは、次は被災地を「見る・聞く」ということをメインにして自由に動ける方法で行こう。東京に住んでいるわたしは、瓦礫やヘドロの撤去もすこしはできるけど、もっと見たり聞いたり話したりして、感じたことを書く方が意味ある気がする。今回は、本当に数時間の作業だけで、もっと話したいこと見たいものがあるのに、ぜんぜん思うように動けなかった。

しかし何よりも今思うのは、わたしは結局あったかくておいしいものをお届けできなくて、つめたくておいしいものをたらふくいただいてしまった。そういう人間、そういう生き方であるのだなあ、小菅由美子は。

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追記:

書き手の震災に対する姿勢として、このブログを作ってる木蘭さん、ちょっとあこがれます。→http://mokurenizumi.seesaa.net/

『夕陽よとまれ』


夕陽よとまれ―レーサーを夢みて逝った少年 (シリーズ・ヒューマンドキュメント)
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人の命のあっけなさについて、ここ二週間ほど考えるともなく考えています。

こんなに癌と闘って、生きることへの執着を燃やして燃え尽きていった人がいる。一方、生きることを自らやめてしまう人もいる。それが親友同士だったりする。

先日、ある人が亡くなったときに、人の死とはなんて簡単なんだろうと驚いた。たとえば当人は人生に苦悩し、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際でもがき苦しみ、自ら世界の終わりを招くようなことをしているのに、世界はそれまでと変わらず回っている。たとえばその三日前に一緒に飲んでいた友人たちは、いつもどおりの顔でいつもどおり、だれの命に影響をあたえるでもない単調な仕事をこなしていたりする。

ただ、突然ぽっかり、ひとり分の欠落を生む。それまでは人ひとりの「存在」だったものが「欠落」に変わる。それは瞬時に「存在」から「欠落」に変わるけれど、やっぱりそこにありつづける。世界は変わらず、時はつねに「今」で、だれがどんなに受け容れがたいと感じても、その人にとっても、もうそれは「存在」ではなくて「欠落」として、「今」そこにある。

どうにもならず、そういう事実がただ在る。時はつねに「今」。

生きることをやめる気持ちは理解できない。でも、それは精神を冒す癌のようなものなのかもしれない。理解できないだけに、恐い病気です。

あ、『夕陽よとまれ』は、肉体の癌と闘った青年とその父親の手記です。

息子のことを書いているのに、ものすごく確かな筆致でびっくりしました。敬服しました。こんなことできる人もいるのだな、男ってすごいな、かっこいいな。息子の生に対する少々乱暴なほどの積極性を、ここまで後押しできる親ってすごいな。父・息子だからなのかな。しかしうちの父では決して期待できない、子どもの人生の捉え方です。

久しぶりに、一冊まるごと一気読みできた。おもしろかった。

青年の闘病記だというのに読後感が重苦しくなく、むしろ爽快感さえ感じさせるというのは、著者である父親の人格と筆力のなせるわざでしょう。ほんと、敬服いたします。

ラン・ラン


ランランの黒鍵、たのしい。
でももっとたのしいのがあって、それでわたしはらんらんを好きになった。

これ。

衝撃的。新しいジャンルだよ。すげーよ。おっかけたいよ。
言葉わかんないのがますますいい。いいたいから別の手としてピアノで訴えてくれるからいい。相互把握ってそれくらいがちょうどよくきもちいい。

誠実


自身に誠実であることで世渡りがうまくいかない場合は往々にしてあるが、じゃあ、自身に不誠実でありながら世渡りがうまいってあり得る? 本人それで満足なん? 不誠実であれば、実は満足してないことからも目をそらすことができるからいいの? それ寂しいよね。自分の味方に自分さえいないなんて。

自分以外の人間に対して多少非道だとしても、自分自身に誠実なら仕方ない。それでいい。でも自分に不誠実な人はだめだ。

しかし「誠実」ほど、わたしが大事にしていながら人と共有しにくい言葉もないな。

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揺れてていいから、強くあれ。

強いってどういうことかな。

べつに器用になりたいわけじゃない。勝ちたいわけでもない。権力者になりたいわけでも偉くなりたいわけでもない。大物になりたいわけでも、すごい作品を残したいわけでもない。情緒安定させたいわけでもない。風邪を引かない子になりたいわけでもない。

ただありのまま、わたしでありたい。頑なでなく、しなやかでありたい。

その上で、人の力になれたら。