自転車で世界旅行


自転車 世界旅行

でググったら、何年もかけてやってる人が何人もいた。
大陸あちこちを自転車で!
やってみたーい!
ほげー!

注)いま眠薬でらりってます。

英語の勉強しといたほうがいいかな。
英語の先生を旅先で見つけられないかな。

今やりたいことはチェロと英語と自転車と、保育関係の仕事。
けど、今まんなかにある編集の仕事はイキで。メインで。一番大事で。

自転車買ったら、世界一周が夢じゃなくなるの? いやそんなはなしは聞いたことない。むしろ電車のるときとか荷物だろう。ロンドン・パリ間を自転車でってきついだろ。東京大阪間よりきついくらいなんじゃないのか、しらんけど。

モニター画面がゆらめいてる。波立ってる。ゆぅらゆぅら。

たくさんの人が自転車で世界旅行してて、ブログで書いてたりするのに、かたっぱしから本になるなんてことはないわけで、でもそのブログに魅力溢れるイラストがちりばめられてたりとか、旅してる人が俳優さんで表現手段を持ってるとか、「プロ」と言えるレベルの表現方法を持っていれば、それは簡単に、立派なコンテンツとなる。

画面がゆれてる。ゆぅらゆぅら。

自転車で世界旅行目指すなら、とりあえず今持ってるボロチャリで名古屋まで行ってみるのはいいかもしれない。いついこうか。

とりあえず、計画的に、東海道五十三次をめぐって東京から京都まで行きたい。11月の第一周にやりたい。
道と場所と必要なものをきちんとそろえて。

でも別筋で、宇宙科学オタクになるというミッションもある。

はたして両立できるのか。
仕事も期待以上の仕事を打ち返していきたいんですが。

旅に出ると、その旅先にはかならず、その場所の日常が営まれている。
旅人は旅人なので、その日常を、傍観者という立場でしか見たりさわったりできない。
目の前でいとなまれている日常。そのゆるさ。その気安さ。
そういうものに、切なるなつかしさを感じる。ついこないだまでわたしもわたしの日常の中にいたのに、今ここでは絶対に取り戻せない。
日常から離れたくて来たのに、日常が懐かしいというあの感じ。

この、おなじ「トリップ」を感じてる友もいる。必ず。
旅人は、そんな「トリップ」感の共有さえできれば、あっというまに友達になれる。

わたしは、旅に出たら、その記録、感じたことの表現道具として、文章というものを、もっていけるといいと思う。ときどき落書き。ときどき写真。でもメインは文章。でも落書きと写真も大事。わたしの視野のトリミング。

だからパソコン必須。ブログ必須。
いやー自転車とパソコンは厳しいだろう。重いだろうよー。それにバッテリーってどうなってるの。

そういう計画をちゃんと立てて、一度自転車で名古屋行こう。

文章打ってると、バッテリーあっという間になくなるんだよねー。
iphoneと違って、数時間だもんねー。あてんならん。

GW初夜


妄想を書き散らしてたら止まらなくなった。あれだ、ちゃんと抑圧されてるものはあるってことで、ひとまず安心した。

イタリアだそうです。



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行きたい。あーお金欲しい。

泳ごうぜ、もっと泳ごうぜ。

若い太陽の塔と若いわたし


最近、結婚(事実婚がいい)・出産願望が高まっていて、連休もデートしたり友達の子どもに会ったりして、めくるめく妄想に花が咲いた。

若い太陽の塔

まる一日たって、改めてこの写真を眺めながら思う。

もしも子どもを産んだら。

わたしが子どもじゃいられなくなっちゃう。

夫「若い太陽の塔見に行かない?」
私「子どもといってきなよ。わたし洗濯しなきゃいけないし、掃除もしないと。(←部屋を散らかす夫への嫌味混じり)」

夫を一人占めする子ども、子どもを一人占めする夫にケチな嫉妬心を抱きながら見送るわたし。

やだー。

来ませんでした!来ませんでした!来ませんでした!


心が汚くなっちゃったのは自覚してるけど、やっぱりわたしのとこになんか、サンタは来ませんでした。