本『こびとのピコ』


こびとのピコ (子ども図書館)
寺村 輝夫
大日本図書
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小学校の図書室で借りて読んで、バナナの描写がおいしそうで覚えてた本。

バナナの好きな子と嫌いな子が言い合いをすると思ってたんだけど、嫌いな子なんて出てこなかった。

わたしが嫌いだったのかな。心の中の言い合いだったのかな。

小学校の図書館は、何年生から使えるんだったか忘れたけど、毎日のように通っていた気がする。
毎日1冊ずつ借りて、返して、お昼休みは図書館で過ごしていた気がする。

この本といい、『魔女がいっぱい』といい、意外とナンセンス本が好きだったのだろうか。

あの頃、いつどこで毎日1冊も本を読んでいたのか。覚えていない。
多分、自分の部屋の自分の机で読んでいたんだろうな。
テレビも見ないで。外に遊びにも行かないで。

それに比べて今の私は、仕事が早く終わってもふらふらだれかと飲んだり食ったりしてるか、ホットカーペットに寝転んでぐだぐだテレビ見てるか。

机に向かうことなんてめったにない。

本を読むのは布団の中ばっかで、机に向かって読むことなんてもう本当に何年もない。

たぶん机に向かって本を開いたら、読んでいるうちにちょっとなんか思い立ってネットでなんか調べはじめて、メールチェックして、ツイッターひらいて、ブログ書いて‥‥とかやってるうちに本のことなんか忘れて、お菓子食べて、テレビ付けて、ホットカーペットに寝転ぶことだろう。

子どものころは本以外になにもなかったし、本が好きだったんだろうな。

児童書は、そんなにおもしろいんだろうか。

例えば、私が小学校の図書館で何度も読んだ本第一位が多分「魔女がいっぱい」なんだけど、たしかにおもしろいけど、なにがそんなに?とは思う。今はあのときほど夢中にはならない。

今よりも、なんでも良かったような気がする。小説であれば。
読みやすくて、教訓くさくなくて、世界感がちょっとファンシーで、でも作為的でないというかなんというか、大人の「こういうことを感じ取って学んでほしい」という意図が透けて見えないものがよかったな。
そうするとナンセンスになるんだろうな。

とにかく、余計なことを考えずによその世界に入るのがおもしろかったんだろうなーと思う。それは今も変わらない。

よくお母さんに「外でお友達と遊んできなさい」と言われた。
弟と、いくとこなくて公園で時間つぶしたりしてたな。

外でお友達と遊ばずに、わたし毎日なにしてたんだろう。

映画『秘密の花園』


秘密の花園 [DVD]
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『秘密の花園』を見た。

大学生くらいのときに原作も読んだけど、まあいい話だけど、いまいち面白くもなく、きれいなだけの話のように感じた。

名作と言われるけど、こういう、子どもがそれまで閉じ込められていた境遇から(自分や同世代の子どもの力で)抜け出して、いっきに健全さを取り戻すといったようなストーリーを、子どもは面白く感じるのかな。

ハイジも奇跡の人も、大人が感動したり、それを子どもに与えたがったりする気持ちは分かるけど、子ども自身が自分の感性で何を感じるのか、わたしには想像できないなあ。

ハイジは、アニメのハイジがめちゃんこ魅力的だったからよかったけどなあ。原作はそうでもない。

五朗映画がつまんなくて駿映画がおもしろい(とかなり多くの人が感じる)最大の要因は、主人公の人柄にあると思う。
駿の作る人物はすみずみまでみんな魅力的。ムスカでさえも。

その違いはどこから生まれるのかな。

自分ばっか観察してるか、他の人のこともちゃんと観察してるかの違い、という気がする。人を観察するには想像力が必要。想像力には意外と記憶力が必要。人の想像つーのは、所詮自分の経験したことを寄せ集めて思い出す作業にすぎないんじゃないかと思う。

あー話がどっか遠くへいっちゃった。

秘密の花園 (福音館古典童話シリーズ (24))
フランシス・ホジソン バーネット
福音館書店
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本『新・三銃士』


新・三銃士(理論社)

いろいろあって思いがけず長いお付き合いになったシリーズ、最終巻が今日下版。
思い出もいろいろ積もってしまって、入稿するのがなんだか寂しいです。

この仕事では、全8巻のうち、4巻から8巻のノベライズと編集、DTPをやりました。

たった5冊出すのに1年半かかった。
ほんといろいろあった。
いろいろあったと言っても、わたしは、周りで起こってるいろいろに右往左往するだけで、泣いたり笑ったりするだけで、結局何もできなかったのだけれど。

三谷幸喜の書いた脚本にも、人形たちにも、今ではとっても愛着がある。
特にひいきしてるのはサルのプランシェです。

一年半もわたしのそばにいてくれた、楽しかった仕事よ。
じゃあね、バイバイ!

新・三銃士〈1〉伝説の銃士たち 新・三銃士〈2〉王妃の恋 新・三銃士〈3〉新たなる陰謀 (NHK連続人形活劇) 新・三銃士〈4〉首飾りの行方 新・三銃士〈5〉銃士への道のり (NHK連続人形活劇) 新・三銃士〈6〉三銃士との決別 (NHK連続人形活劇) 新・三銃士〈7〉 (NHK連続人形活劇) 8
※8巻は1月下旬発売

読みたい小説


新聞の書評欄に出ていた『コレラの時代の愛』という小説が読みたいのだけど、高い。3150円もする。

表紙もかっこいい。けど3000円も出すなら実物を見て、最初の1行を読んでから決めたい。

でも、そんなことを言っていると、読みたい熱が冷めてしまう。

ずっと好きだった女性がおばあちゃんになって旦那と死別したので、いよいよ告白するおじいちゃんの話らしい。でもおじいちゃんは、独身はつらぬいたものの、いろいろあったはあったらしい。

いいや、書いてたらどうしても読みたくなってしまったのでポチっちゃった。

そういうストーリーについて、書評コーナーの女性が「男と女では愛の形がちがいますね」みたいなこと言ってた。つまり、男は一人の人を愛していても他の女とセックスできるのね、理解できないわ、ということらしい。

おまえ、一人の人を一生愛し続け且つ独身つらぬいてから言え。それで貞操まで守れてから言え。

人間、寂しいだけで恋できるから。そんなもんだから。

それが一生モノになったり、ゆきずりになったりするのは、縁と運のちょっとの差でしかないんだよねきっと。

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本の画像は、アマゾンのと併せて誰かが撮ったやつを見たいな。

『夕陽よとまれ』


夕陽よとまれ―レーサーを夢みて逝った少年 (シリーズ・ヒューマンドキュメント)
今泉 雅規 今泉 隆夫
理論社
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人の命のあっけなさについて、ここ二週間ほど考えるともなく考えています。

こんなに癌と闘って、生きることへの執着を燃やして燃え尽きていった人がいる。一方、生きることを自らやめてしまう人もいる。それが親友同士だったりする。

先日、ある人が亡くなったときに、人の死とはなんて簡単なんだろうと驚いた。たとえば当人は人生に苦悩し、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際でもがき苦しみ、自ら世界の終わりを招くようなことをしているのに、世界はそれまでと変わらず回っている。たとえばその三日前に一緒に飲んでいた友人たちは、いつもどおりの顔でいつもどおり、だれの命に影響をあたえるでもない単調な仕事をこなしていたりする。

ただ、突然ぽっかり、ひとり分の欠落を生む。それまでは人ひとりの「存在」だったものが「欠落」に変わる。それは瞬時に「存在」から「欠落」に変わるけれど、やっぱりそこにありつづける。世界は変わらず、時はつねに「今」で、だれがどんなに受け容れがたいと感じても、その人にとっても、もうそれは「存在」ではなくて「欠落」として、「今」そこにある。

どうにもならず、そういう事実がただ在る。時はつねに「今」。

生きることをやめる気持ちは理解できない。でも、それは精神を冒す癌のようなものなのかもしれない。理解できないだけに、恐い病気です。

あ、『夕陽よとまれ』は、肉体の癌と闘った青年とその父親の手記です。

息子のことを書いているのに、ものすごく確かな筆致でびっくりしました。敬服しました。こんなことできる人もいるのだな、男ってすごいな、かっこいいな。息子の生に対する少々乱暴なほどの積極性を、ここまで後押しできる親ってすごいな。父・息子だからなのかな。しかしうちの父では決して期待できない、子どもの人生の捉え方です。

久しぶりに、一冊まるごと一気読みできた。おもしろかった。

青年の闘病記だというのに読後感が重苦しくなく、むしろ爽快感さえ感じさせるというのは、著者である父親の人格と筆力のなせるわざでしょう。ほんと、敬服いたします。