世界水泳


世界水泳がおもしろかった。
世界陸上と同じように。

テニスは個人競技だからまあまあ楽しめるけど、ゲームという点でやはりあまりのめりこめなかった。

直線を走る、とか、泳ぐ、とか、高く跳ぶ、とか。
ただそれだけのスポーツがわたしは好き。

まっすぐに、真正面から、自分の内面と向き合っている。
まっすぐに、真正面から、自分のコースと向き合っている。
自分の体と向き合っている。動きと向き合っている。記録と向き合っている。

というところが、好き。

一人が1/11になるとか、対戦相手との駆け引きをするとか、そういう余計なことがほとんどなく、ただ、自分と向き合う。

その緊張感がかっこいい。

嫁入り前でも傷物


変な趣味ですが、ケガを記録します。

5月20日、金夜一人の寂しさにうちひしがれ、知り合ったばかりのミュージシャンが演奏するジャズライブへ逃げようとしたその道すがら。

逆走してきた男性と自転車で正面衝突。ちょっとiPhoneに気を取られていたかもしれない。でも明らかに向こうが交通ルール無視だった。

かなり激しくぶつかったが、すぐに動けたし自転車も動いたので「大丈夫です」と繰り返してしまい、男性を逃がす。しかしぜんぜん大丈夫ではなかった。

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数十分後、この手の腫れ。自転車も、なんかタイヤの滑りが悪いと思ったら、ブレーキ部分が歪んでいる。

むち打ちのような感じで(初体験だけど)のどは痛いし、男性を逃がした直後、気が緩んだのか貧血を起こしていったん意識を失う始末。

当然ライブは断念。救急病院で手当てを受ける。

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青地が手の甲から手のひらまでしみ出てた。

とはいえ、衝撃的なアクシデントによって寂しさはうやむやに。

さて、手の腫れがやっと引いてきた5月26日。今度は、スーパーで買い物しすぎて自転車でよろめいたはずみに、ペダルでくるぶし下を負傷。もし血がでて靴をよごしたらやだなと思って傷口をよく見てみたら、かなり深くサックリいっている。

ひとまず絆創膏を貼って、自転車を押して帰宅。ただの擦り傷にしては痛い。

しかしその夜はそのまま就寝。毎週救急になんか行きたくないし、意に反する事実を認めるのには時間がかかるのが人の性。

翌日起きてみたら、ぜんぜん血が止まっていなかったのでタクシーで病院へ。自転車なんかこげないし、会社に行ってる場合じゃない。

そしたらなんと即日オペ!

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財前先生!!(※白い巨塔より)

自分の体に緑の穴あき布かぶせられて、黄いチンたっぷりぬられて、銀のさらに血の付いたガーゼがたまっていくのを見るのは生まれて初めてで、興奮。写真を撮らせてもらう。

お願いしたら、先生すごく笑ってくれて、うれしかった。なんていい人。結婚してもいいと思ったけど、薬指に指輪ついてた。

それから1回、消毒してもらって、2週間後の今日、抜糸。

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ホチキスの跡みたいになっている。

嫁入り前でも、三十路過ぎるとそこそこ傷モノくらいのほうがかっこいい。というおはなしでした。

自己啓発セミナーと売春


「こんなデータ処理仕事、うち帰ってテレビ見ながらやればいいや」って帰ってきたけど、なんでかできない。や、今から2時間くらいやればいいんだけど、明日自己啓発セミナー(会社命令の強制参加)で朝早いし寝なきゃ、と思ってる。

他人に指摘される前に、自分で気付いてるダメをなんとかすべきだし、そうやって生きてきた。他人にとやかく言われたいときは、的確なとやかくを言ってくれそうな人にちゃんと甘えてきた。

大事なのは、必要なときに必要なことに気付こうとすること、そのために動くこと、気付いたら時間をかけてもちゃんと正面から受け取ること。

なんの信頼関係もない人にお金を払って教えてもらおうなんて、浅はかにもほどがある。あまりにもいろいろなことがもったいない。時間も心も脳みそももったいない。わたしという人間がもったいない。

そして、そんな浅はかな人間を食い物にしている自己啓発セミナー会社のその汚さが許せない。その汚さに触れることに我慢がならない。どうせ触れるなら、どこの誰だか分からないスケベなクソジジイの肌や粘膜に触れてお金をもらう売春のほうが、よっぽどマシ。というか、比べものにならない。

わたし、自己啓発セミナーを受けることが、売春するよりイヤなんだ。

売春の汚さは赦せる。いとおしいくらいだ。
正直、わたしは売春に汚さは感じてない。世の中がそう扱うから例に出したけど、売春は汚くない。売春の悪いところと言ったら、売春・買春によって大切な人を苦しめることや裏切ること、自分や他人に対して一時的にうそつくこと、体に無理させることくらいだ。心にうそつくのは、自分を粗末にすることでもあるから。

それに比べて、自己啓発セミナーは汚い。あまりにも汚い。憎しみしか感じられない。

わたしは、汚いと分かっていてあえて手を下す汚い人間が、組織が、大嫌いだ。そういうものがこの世に山盛り存在すること、むしろ存在するあらゆるものの半分が汚いということを知っている。でもほとんどは、しょうがなく、それしか道がなく、汚いのだ。それは美しさの裏返しだ。

でも、人のパニックに乗じてオレオレ詐欺をする人は汚い。きっと自分がなにしてるか分かってないんだろうけど。

経営が火の車の中小企業を食い物に自己啓発セミナーをする商売は汚い。自分がなにしてるか分かってやってる。お金、あるいはお金を中心にしか動けなくなった社会が生んだ悪魔だ。

だますのもだまされるのも、勝手にやっていればいい。でも、わたしには指一本触れるな。わたしにはその穢さが赦せない。

GW初夜


妄想を書き散らしてたら止まらなくなった。あれだ、ちゃんと抑圧されてるものはあるってことで、ひとまず安心した。

渋谷


今日、仕事でちょっと渋谷を歩いた。
ものすごく人が多くて宣伝の音や車の音がうるさくて、窮屈なのに、解放感に浸れる。あの都心特有の雰囲気は、嫌いのつもりだけど、好きなのかもしれない。酔う。

ここなら体売ってもいっかって気分になるよな。

って何度も反芻した。

都会の解放感のせいでいい加減な人間になってしまう、ということではない。セックスとかそれにまつわるサービスを提供してお金を得るという仕事が、あそこでは受け容れられてるように感じる。

土地には血があると思う。いや、ないだろうけど、そう感じるくらい、土地って長いこと脈々となにかを受け継ぐ。少なくとも、人間の寿命よりはずっと長く、なにかを受け継ぐ。

そういう「なにか」の中に、上記職業意識も含まれていて、渋谷とか新宿とかって、そういうことを許容している気がする。

10年くらい前、わたしは新宿が嫌いだった(今でも嫌い)んだけど、ある人が新宿を好きだと言っていて「なんで?」って聞いたら「なんでもありだから」って言ってて、その時は分からなかった。だってきれいさとか安心感とか静けさとかいう、わたしの好きな要素はないから。でも、「なんでもあり」ってそういうことじゃなくて、人の逸脱を許すキャパみたいなことだったんだろうな。分からないけど、多分。

「思い切ってはみ出したところでほんとに面白いもの見つけられて、そこから戻ってやっと当たり前も面白く思える。両方ないとバランス狂う。」

これは、渋谷でツイートしようとして電波不良でツイートされなかったつぶやき。