「支援したい」という支援者の気持ちが「自己満足」でしかないのかそうでないのか。どこまで部外者が支援するかを決めるのは、実は支援者自身ではなくて、支援を受ける側の笑顔なんじゃないか。
もしも支援者の支援が助けになっているのなら、支援を受ける側は「助けてもらってすまない」「あとは自分でできる」というよりも「ありがとう!」「うれしい!」と笑顔をいっぱい見せてほしい。支援者はそのために支援している。楽になったら笑顔になればいい。楽になるのは悪いことじゃない。というか、いいこと。絶対。
それでも、部外者が支援することで現地の雇用が減るとか、なにか不都合が生じるなら、それをそのまま伝えてくれれば、支援者はよろこんで手を引くだろう。
支援するのに自重する必要はないし、支援を受けるのに恐縮する必要もない。
「支援する/される」は、ただの人間らしい循環。ただ、ちょっと美しいだけ。

