わたし、自分のことが大好き。
自分のことが大好きなとこも、特別かわいくもないけどまあまあアリなラインのとこも、気づいたら34になっちゃってるとこも、仕事ですぐいじけて折れるとこも、でもがんばるとこも、がんばりすぎないようにマイペースを守ってるとこも、朝がどうしても弱いとこも、じつはあんま本読まないとこも、昔の恋引きずってるとこも、父と確執っぽくなってるけど実は親孝行できないうちに死なれちゃうんだろうなって想像して今から泣きそうになるとこも、恋多きとこも、ときどき頑固なとこも。
…自己肯定がこんなに上手になった理由が今分かったぞ!
わたし、自己肯定をセルフサービスでできるようになるように、かなり気合いれて悲壮な覚悟でがんばったんだった。
考えてみたら、がんばり始める前はこんなには上手じゃなかった。いつも寂しかったし。
彼氏いなかったらこんなふうに自己肯定できないのかな。
いや、もし彼氏いなかったら、わたし、すぐ恋すると思う。ほんですぐ恋されると思う。
たとえ昔の恋を引きずっていても。
てゆか、彼氏いてもすぐ恋する。
素敵な人がいたらポッてなって、アドレナリン分泌しちゃって、あれこれ妄想する。
最近既婚の友達などみていて安心したのが、結婚していても素敵な人にはポッてなれるね。妄想もできるね。
もう少し仕事で自信が持てたら、人に依存したり一緒に住んだり結婚したりするのも、今よりは不安じゃなくなるかも。
素敵な人にポッてなるのは、やっぱ絶対いいことだから、みんなどんどんなるべきだと思う。わたしは素敵な人にたくさん出会いたいし、男にも女にもどんどん惚れていきたい。
ああ、そう考えたら、今のこの素敵なわたしは、人生で唯一のあの失敗がなければ無理だったんだな。やっぱ、臨界点だったんだな。ダメになるべくしてなったんだな。わたしは自己肯定感が育つのとは程遠い環境で育ったんだな。人のせいにしてるみたいだけど誰のせいでもなく、というかかなり、父の家族偏愛と、愛知県の偏差値教育と、世代的閉塞感のせいだよ。あと自己肯定感なくてもぬるく生き延びれる程度に裕福で、逆境もなかった。でもそれらは全部必然で、しょうがなくて、やっぱ誰のせいでもない。わたしは未だに、父にわたしをありのまま受け入れ愛してほしいのだよ。そういう自分のせいでもあるけど、それもまた健全な子どもの姿。わたしは父の望む娘にはなりえないのだよそれは父の幻想でありわたしではないのだよ。汚い人間なのだよ。父からみればね。わたしからみれば透明で美しいのだけどね。どうしようもないことです。何でごまかしごまかし、あんなに彼らの望むわたしを演じ続けたのかしら。彼らの望むわたしとありのままのわたしにあまりズレがなかったからだろう。ずれたくないし。愛されたいし。けど勘違いさせちゃったよ。親が若いうちに裏切っとかないと。もう今さら勘違い治らないよ。かわいそうだけど。今さら荒療治したくないしなあ。どっちがいいのかなあ。しなくていいか。でもお父さん死んだあと後悔で泣いて暮らすのやだなあマジで。
あースッキリした。