なんちゃらルーム


わたしが通っていた小学校には、1週間サイクルの出席番号順で、図書室へ行って給食を食べる制度があった。全学年が同じ机で給食を食べるためのもの。

カタカナでなんちゃらって読んでた。「図書室」でなくてなんちゃらと言っていた。忘れた。

雑巾が臭いときのあの臭いがあのとき机に敷くビニールクロスと同じで、たまーに思い出す。思い出す度に雑巾を洗濯機に入れる三十路一人暮らしのわたし。

教室ではクロスなんてなかった(トレイだった。あ、トレイについての記憶もひとつ消えかけてる)のに、図書室のときはでかいのを敷いた。

今考えるとすごく人見知りしちゃいそうなシチュエーションなのに、当時のわたしは比較的楽しみにしていたように思う。

今考えると図書室で給食って、本が!本がぁぁぁぁ!って思うけど、当時はなんとも思ってなかった。というより、給食食べながら本の背表紙が見えてるのがよかった。「ねしょうべんこぞう」っていうのがあって、いつもいつも、窓際の背の低い棚に入ってて気になってた。字が小さくて分厚かったので一度も借りなかったけど。

ということは、本は背表紙で借りてたんだな、あの頃。名作とか作者とかそんなのぜんぜん分からず。ポップもないし。背表紙と字の大きさと分厚さとイラストと、開いたときに見えた文章のタッチ。

なんちゃらタイムだったかなあ。うーん。友達に聞けば分かる。同級生と話すのの楽しさって、こういうところにあるよね。

で、なんちゃらタイムでは、おねーさんが出し物をやってくれたような気もする。紙芝居とか。でもこれは今わたしが「そうだといいな」と捏造した記憶かも知れない。

でも、わたしは日直とか、そういう場で前に立つのが好きだったので、自分が上級生になったとき、そういうことをして楽しがってた気がする。捏造かも知れない。

なんちゃらタイムが終わると、昼放課(と昼休みのことを言う。中部地方の方言だと思う)になる。背表紙で目星をつけておいた本から、どれを借りるか選ぶ時間。

ということは、昼放課の図書室はいつも給食くさかったはずだ。

あと、いつも絶対思い出せないのが、小学生のわたしがいつ読書していたかということ。家に帰って机に座って……なんていう記憶はないんだけど、毎日のように図書室に行ってた気がする。ということは、今より読書量が多い。が、いつどこで読書にふけっていたか思い出せない。

なんちゃらタイムじゃなくてなんちゃらルームだったような気がしてきたぞ。

こんなふうに、忘れかけの記憶を辿ったり、思い出したり捏造したり、消えてることに気付いたりして、事実がどんどん混濁していくのが面白い。

わたしの記憶の相当部分が、捏造でできていると思う。

でも、文字の書き順とかはわりと正しい。習慣の中にすり込まてしまえばキープできるようだ。

『小児栄養』の教科書に「喫食の場所については、食事にふさわしいものとなるよう改善工夫すること。」って出てきて思い出した。

消えかけの記憶は、寝てるときに見る夢みたいだ。匂いみたいにふっと湧いて、急いで書かないとすぐ消えてしまう。

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