カシオ 光ナビゲーションキーボード LK-102、1円から!


こっちは入札してもらえるかどうか怪しいので、誰かが入札する前にコメントくれればタダであげます。送料はもってね。近郊であれば手渡しでもいいです。

http://page13.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/r69517061

なんでもいいから鍵盤がほしい、と思っていたときに、このキーボードが天から降ってきて、どうしても鍵盤触りたいときには慰めてもらいました。

でも、今日からはこいつがあたいの相棒!

Roland

どーん!!!!

こいつの借金のためにも、売れるもんは洗いざらい売るんだ!!

AirMac Extreme 802.11n Wi-Fi、1円から!


オーディオ端子がないことに、買ってから気付きました。
オーディオとタイムマシンをワイヤレスにしたかったんだけど、これでは片手落ちなので、売ります。

http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e106812535

安いよ安いよ〜!

ぴらぴら


Goldfish

ガラスかプラスチックかシリコンかなんかでできたお人形みたい。

平べったい魚型の金魚は、水からあげるとペシャンとなっちゃっていかにも「死んだ魚」だったけど、ふっくら金魚はおもちゃのようで、美しい。

デメキンの時は体表がボロボロでとても眺められず、そんなことは気付かなかった。

金魚と、水面という壁を越えて対峙できるのは、金魚が死んでからだけです。

というわけで、合掌。

たのしい夏をありがとよ。あんた、めちゃんこかわいかったぜ。

備忘録:図書館の公園

まとも


最近、器用な立ち回りということについて、すこし努力している。今までそゆのあんま好きじゃなかったから。今も好きじゃないけど。でも甘えてらんないよなーと三十路ぞろ目にしてやっと気付いている。

甘えるっつのは、ほっといてもわたしのこと気にしてくれて察してくれる人がいるとか、わたしのことを好いて誘ってくれる人がいるとか、わたしの能力を優も劣も正当に評価してもらえるとか、そういういう思い込み。

しかしそろそろ、察してほしかったらきちんと説明しなきゃいけないし、好きな人を見つけたら誘わなきゃいけないし、できるできないあるいはできるようになりたいかそうでないかは、伝えなきゃいけない。

と思い至り、最近そういう力を身につけようとしている。

わたしは、比較的、世論や常識に流されずに「まとも」に近い価値観を持ち続けられる自信がある。

凡庸だし、矮小だし、知識すくないし、口べただし、コンプレックスも自己愛もあるし、学校の成績も中の上くらいだったし、好奇心も行動力も人並みで、とくに秀でた何かを持っているわけではないけど、そういう、全体的に「ふつう」な人間であることも功を奏して、「まとも」を見分けられると自負している。

だから、もし誰にも理解してもらえないことがあると、寂しいしめんどくさいけど、わりと平気というか、ぶつかると凹むし不安になるし遠回りもするけど、根底では自分を信じていられるし、最終的には自分に帰ってくる。(だれでもそうか?)

なので、べつに分かってもらえないならそれでいいやと、そこで軋轢が生まれるなら距離を置けばいいやと、思うようになっていた。

でも、わたしのほうがまともなら、ちゃんと言おう。

‥‥ただ、まともなことほど聞き入れられないとか、ハナから人をオンナあるいはコドモ扱いして聞く耳持たない方っていうのもたまにいるんだよな‥‥。そゆ人はまだハードル高すぎるな。‥‥とか、部分的に閉ざされるとか。部分的なことならわたしもそうかもしれない。

真実ほど、まっすぐ伝えてはいけない。という場合がすごくよくある。そゆの察してうまく伝わるようにアレンジするのは大事。難しいけど。

『チェンジリング』


チェンジリング 【VALUE PRICE 1800円】 [DVD]
ジェネオン・ユニバーサル (2010-01-22)
売り上げランキング: 26595

「ゴードン・ノースコット事件」という実話を元にした映画。

クリントイーストウッドが監督だったから借りたんだけど、あんまりにも悲惨な内容なんで、映画としてつまんないのではなくてすごくよくできてるけど暗すぎる社会派で、暗すぎて、滅入る。

罪を憎んで人を憎まないように心がけているけど、児童性愛者だけは、その欲望を行動に移すやつは、全員死刑にしろと思う。できる限り苦しむ方法で。

まあでも、権力を持っている集団のあまりにも無自覚な暴力も、終身刑にくらいはしていい。そうすると人がいなくなっちゃうか。

わたしは絶対、人に対する誠意と自分に対する誠意を曲げない。けど、こだわりとか意地とか虚勢とかはできるだけ捨てたい。

人から見たら意地でも、わたしにとっては誠意だということも、しばしばある。

↑ここまで、映画見ながら。

息子が陰惨な事件に巻き込まれ殺されて、でも遺骨が本人のものと証明できなくなってたら、母親は「どこかに生きているかも知れない」と希望を持つ。端から見たらちょっと気が狂っているように見えても、その狂気は母親の生きるすべだよ。

あれは生きるためにすがりつく何かが必要だから、ないはずの可能性をあると信じてるだけで、光明を見いだしてるわけじゃないと思う。人間の本能としての「生きる力」ではあると思う。あと、母という生き物の本能が見境を失ってむき出しになってる。

こないだ菅野美穂主演のパーマネント野ばらを見たんだけど、これも多分同じように、受け入れきれない悲しみを乗り越えて生きるために現実をねじまげちゃってる女性の話だった。けどあれは「現実をねじ曲げてる」というのがオチで、トリックであって、ただそれだけ。彼女をそれほどにまで追い詰めたのがなんだったのかは、描かれていなかった。中身よりも入れ物ばかり「見て見て!」って感じで、興ざめしてしまった。