今日、仕事でちょっと渋谷を歩いた。
ものすごく人が多くて宣伝の音や車の音がうるさくて、窮屈なのに、解放感に浸れる。あの都心特有の雰囲気は、嫌いのつもりだけど、好きなのかもしれない。酔う。
ここなら体売ってもいっかって気分になるよな。
って何度も反芻した。
都会の解放感のせいでいい加減な人間になってしまう、ということではない。セックスとかそれにまつわるサービスを提供してお金を得るという仕事が、あそこでは受け容れられてるように感じる。
土地には血があると思う。いや、ないだろうけど、そう感じるくらい、土地って長いこと脈々となにかを受け継ぐ。少なくとも、人間の寿命よりはずっと長く、なにかを受け継ぐ。
そういう「なにか」の中に、上記職業意識も含まれていて、渋谷とか新宿とかって、そういうことを許容している気がする。
10年くらい前、わたしは新宿が嫌いだった(今でも嫌い)んだけど、ある人が新宿を好きだと言っていて「なんで?」って聞いたら「なんでもありだから」って言ってて、その時は分からなかった。だってきれいさとか安心感とか静けさとかいう、わたしの好きな要素はないから。でも、「なんでもあり」ってそういうことじゃなくて、人の逸脱を許すキャパみたいなことだったんだろうな。分からないけど、多分。
「思い切ってはみ出したところでほんとに面白いもの見つけられて、そこから戻ってやっと当たり前も面白く思える。両方ないとバランス狂う。」
これは、渋谷でツイートしようとして電波不良でツイートされなかったつぶやき。
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