勉強おわったらね。


  • Childish Logもみる章に入れて、みる章の目次ページを作る。
  • 各コンテンツにタイトルを入れる。
  • 映画のそれなりにまとまってる記事を集めて別カテゴリーのページ作る。

-

ぜんぜん勉強おわってないのに、記事タイトルのcssいじってたら楽しくなってしまった。アイコンも作っちゃった。記事エンドのタグマークとコメントマークはうざいかもしれない。

こんなちっちゃくても、ビットマップ画像は妙に甘い。かわいいけど、こんなかにあるときもちわるい。いずれベクターな絵にしよう。

  • フッターがおかしくなっちゃった。
  • タグクラウドの、単語の分かれ目の半角スペースがなくなっちゃった。

-

  • 今AdobeBrowserLabでIEチェックしたら、フォントサイズがものすごいちっちゃくなっちゃってる。

-

  • 記事下の吹き出しの色、ホバー時に赤にしたい。 参照
  • エントリータイトルリストの見え方を整理したい。 参照

渋谷


今日、仕事でちょっと渋谷を歩いた。
ものすごく人が多くて宣伝の音や車の音がうるさくて、窮屈なのに、解放感に浸れる。あの都心特有の雰囲気は、嫌いのつもりだけど、好きなのかもしれない。酔う。

ここなら体売ってもいっかって気分になるよな。

って何度も反芻した。

都会の解放感のせいでいい加減な人間になってしまう、ということではない。セックスとかそれにまつわるサービスを提供してお金を得るという仕事が、あそこでは受け容れられてるように感じる。

土地には血があると思う。いや、ないだろうけど、そう感じるくらい、土地って長いこと脈々となにかを受け継ぐ。少なくとも、人間の寿命よりはずっと長く、なにかを受け継ぐ。

そういう「なにか」の中に、上記職業意識も含まれていて、渋谷とか新宿とかって、そういうことを許容している気がする。

10年くらい前、わたしは新宿が嫌いだった(今でも嫌い)んだけど、ある人が新宿を好きだと言っていて「なんで?」って聞いたら「なんでもありだから」って言ってて、その時は分からなかった。だってきれいさとか安心感とか静けさとかいう、わたしの好きな要素はないから。でも、「なんでもあり」ってそういうことじゃなくて、人の逸脱を許すキャパみたいなことだったんだろうな。分からないけど、多分。

「思い切ってはみ出したところでほんとに面白いもの見つけられて、そこから戻ってやっと当たり前も面白く思える。両方ないとバランス狂う。」

これは、渋谷でツイートしようとして電波不良でツイートされなかったつぶやき。