セルフヘアカット三箇条


そいえば生活メモもう一個。

昨日髪を切ったらひさびさに失敗した。
原因を挙げるので次回参考にしてください、一ヶ月後のわたし。

一、ビジョンがあいまい。「うっとうしい」ではさみを握るべからず。「こうなりたい」で握るべし。

一、びしょ濡れヘアを切るべからず。乾かしてからカット→再シャンプー、あるいは風呂入る前に切るべし。

一、ボリューム調節はトップを束ねてから行うべし。内側の髪をすいてからトップを下ろし、表面の髪はあくまで長さ調整と微調整でのみカットすること。

以上。

“どてら”の作り方


こないだ浅草で見かけて以来「どてら欲しー!」と思ってるんだけど、なかなかコレ!という柄が見付からない。

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わたしは家庭科でエプロンもパジャマも一番に仕上げました。
ミシン直線縫いは超得意、もとい超早い。

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どてらなら中学家庭科レベルで作れるんじゃないか。

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実家の物置に、きものゴミ直前段ボールがてんこもりになってる。

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「どてら 作り方」でググる。

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見付からない。

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おねがい、だれか教えて!!!!! あるいは作って!!!!!


あまりにもいろんなところで見るから、ためしにID作ってみた。

http://www.myspace.com/1004578723

前も作ったことある気がするけど。

で? っていう。

この、で? っていう。感じが、mixiのID作った最初の頃の感覚で、ちょっと懐かしくなった。

訳が分からないから友達さそってみたり、知らない人に声かけてみたり、日記書いてみたりしたものでした。当時、出会い系的なものには猜疑心を抱いていたけど、こういうのにはぜんぜんいやな感じを持ってなくて、おもしろかった。イラレでそっくりな自画像描いたのもそういえばあの頃だな。

ヘッダーの広告がなかったらマイスペースもわくわくカスタマイズするかもしれないなー。音楽知らないし、ちょっと知りたいし。でも広告がでかすぎて愛着が湧かない。今のところ。

愛着って大事ですよ。愛だよ、愛。

愛と言えば、昨日見たDVDでトルストイがすべては愛だと言っていて(脈絡飛ばしすぎだけど)、とかく世の中では愛という言葉でいろんなことを括っているけど、デパートのバレンタイン商戦のポスターなんかで見る愛はさておき、世界の偉人たちが言っている愛っていったいなんなんだろうなーとぼんやり考えた。

NHKスペシャル 映像の世紀 第1集 20世紀の幕開け [DVD]
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愛、なんて、もうこの文字、この音がしゃらくさすぎて鼻シラんでしまって、視線を合わせないようにしながら暮らしてきてしまったけど。

こんなにたくさんの人が言ってる、すごく大事らしい 愛 ってたとえばどういうことなんだろうなー。ということをしばらく考えてみるのもいいかもしれない。

My Spaceも愛。

‥‥ってちゃかすんじゃなくて。

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散々書いたあとで、ユアンマクレガーのYour Songが貼りたいだけだったと思い出した。

フェロモンメモ


本『はてしない物語』


はてしない物語
はてしない物語
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ミヒャエル・エンデ
岩波書店
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図書館で借りて読んでる。おもしろくなってきたら表紙にべったりビニールが貼ってある本のまま読み終えるのがもったいなくなってきて、新品をワンクリック購入してしまった。アマゾンでも高い本は中古で買うことが多いので(図書館や中古の、人が読んだ気配を含んだ本で物語を読むのは好き)、ハードカバーの新品購入は久しぶり。

虚無がファンタージェンを浸食している。まるでわたしの精神世界現状みたいだ。アトレイユが絶望の中、個ではなくて大きな世界のうねりの一部として、歩みを進めている。まるでわたしの欠落部分の揶揄みたいだ。

エンデは連作短編集『鏡のなかの鏡』の中のいくつかと、『モモ』を読んだけど、そんなにハマらなかったんだよね。だから『はてしない物語』も映画止まりだったんだよね。映画の前に本読んでたらよかったなーってこんなに思ったことはない。

ファンタジーの中で『ホビットの冒険』がいちばん好きだったけど、変わるかもしれない。『はてしない物語』は今読むのにタイミングがぴったりだ。足下がおぼつかない日々の中で、なんとかわたしと地面のフックのような役割をしてくれてるように思う。

しかし、買ってから新装版が出て悔しかった本の筆頭が『罪と罰』文庫、『モモ』、『ホビットの冒険』。

罪と罰 (上巻) (新潮文庫) 罪と罰 (下巻) (新潮文庫)

愛蔵版 モモ

ホビットの冒険 オリジナル版

『ホビットの冒険』オリジナル版は、たぶん原著に忠実にという意味で本文が横組みなんだよね。だったらいっそ原文の英語でのオリジナルデザインのものが欲しい。けどそれはない。ので購入に至らず。いろんな装丁で出てるけど、トールキンの絵はどの画家のよりも好き。

『モモ』は作品自体にそれほど思い入れがないので購入に至らず。

『罪と罰』は最初に読んだのがボロボロになってしまったし再購入しようかなとも思うんだけど、最初に読んだ本には線が引いてあったり付箋がくっついてたりして、それなりに愛着がある。それはそれとして、再読用に新装版も買っちゃおうかな。文庫は圧倒的に新潮が好きだ。

文庫はカバーを捨てて保存する人もいる。たしかにこざっぱりして本棚に並べたときすっきりするしいいんだけど、装丁がないのはやっぱ寂しい。そんなにカバーが大事なら本屋で紙カバーつけてもらえば、とも思うんだけど、本を開くときに装丁が目に入って、それから読むのが読書の楽しみの大きな要素でもある。透明ビニールカバーなども試したけど、しっくりこない。本は紙か布が良い。

ただ、同じ絵柄の表紙がついてる絵本なんかは、カバーいらないかなと思う。カバーをつけておくのは日焼け対策程度。カバーが焼けたりボロくなったら外してしまう。

装丁ばなしついでに。最近帯込みでデザインが成立している装丁があるけど、あれは悲しい。帯は読むときじゃまだし広告なので外したい。でも外すとデザインが崩れる。苦肉の策として、帯は外して捨てないで栞代わりにするんだけど、栞にすると結局なくしてしまうんだよね。

書店陳列時に目立つことを重視した装丁が最近多くて、感心するんだけど、やっぱり本の持つ世界への玄関としてあってくれるのが好き。ジャケ買いすると鈴木誠一デザインのものが多い、というのは、そのへんに理由があるように思う。

これだけ装丁について考えさせる『果てしない物語』はすごいな。しかも中身もすごいぜー。セバスチアンの本へのこだわりについて、ほんとうにおもしろい物語ってこんな物語だ、と描写しているくだりがあるのだけど、ほんと、正々堂々とあんなことを書いてしまえるエンデはすごい。あそこで「あートールキンより好きかも」と思った。

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あった‥‥。

The Hobbit: Or There and Back Again

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追記 -10/30深夜-

『はてしない物語』は、児童文学、ファンタジー、冒険、というかたちで書かれた哲学書。子どもにすんなり伝わる平易な冒険物語を追いながら、知らないうちにすごく大きな心理がすーっと体に浸透していく。ごく自然に、ゆるやかに、やわらかく、しなやかに。

そういう表現の仕方が、わたしにはちょうどいい。読み手としても書き手としても。