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いろんなワケありな子供たちを映して、最後に『星の王子様』の「覚えてる人は少ないけどだれでも昔は子供だった」という一文を引用して締めてる。
けど逆に、この子どもたちはワケありな人生を引き続き送り、子供だったことなんか忘れて必死に生きてワケありな大人になる。
ワケありな子供は必死に生きてかわいいし映画になりうるし同情に値するしNGOとか善意ある人がたまに手をさしのべてくれさえするけど、ワケありな大人が必死に生きるとただの悪人になって社会に叩かれたりマスコミにいじめられたり罪人になったり死刑になったりする。
そりゃ必死に生きた暁が必ずしも悪とは限らないけど、だからって罪を「生い立ちのせいにするな」とか「環境のせいにするな」ってのは変だと思う。
なんだっけー最近、生まれてきた瞬間は生きてることに責任を負わされていない(生まれてきたことは、その子の責任じゃない)のに、大きくなるといつのまにか責任を負わされてて、そのことについて考えてみた、というような文章を読んだ。あ、高校の国語の教科書だ。導入しか読んでないので、著者がどう考えたのか結局知らない。
わたしはどうも、大人は大きな子供なんだから許してよっ、ていつも思ってるっぽい。
大人になると、ちっちゃいことをでっかく考えるようになる。心の前に頭を使ってえらそうに分かろうとする。
頭で分かったほうが安心だったり、対象(悩みとか辛いこととか他人とか)をねじ伏せたような気になったりするけど、ちゃんと心も使わないと自分にも対象にも不実だ。
わたしはもう少し頭使ってもいいかも。わたしがやさしくないのはあんまり頭を使わないせいかも。ちがうか。わたしのは単に、他人の心を察する能力(あるいは努力)が足りないだけ。
要するに、この作品は社会派だと思うけど、わたしはべつに社会的な命題を投じたいわけじゃないし評論嫌いだしレビューってナニって思ってるし映画や本を不特定多数の人にすすめるのも変なことだと思っていて、これはただの日記です。
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