方言っていいよね


民話の会のホームページの「語りの部屋」で『こんど、こんど』を聞きつつ。

東北弁と東京弁てやっぱ近い気がする。
こないだ民話の会の人たちのしゃべるのを聞いて、「江戸っ子のリズムだわー」と思っていたけど。

名古屋はやっぱり西だなあ。

我が家では、わたしが東京寄り、弟が関西寄りの名古屋弁を話す。
それぞれ大学が東京、大阪だったから。
名古屋の人(というか東京と大阪以外の人)は方言を保持し続けないからね、東京行っても大阪行っても。

今思ったけど、「語り」「しゃべり」という文化のでっかいのに落語があるけど、落語は結局、上方落語と江戸前(?)落語しかないもんね。
ほかに話し言葉の文化って残ってないよね。

名古屋の落語は聞いたことないけど、もしかして名古屋弁で落語話すの? たぶんしないよね。

自分も名古屋弁しゃべれないくせに、人の方言が好き。
どんどん消えていくのがさびしい。

しゃべりって、音であってリズムであって、伝達という機能も持っていて、その土地の匂いをぜんぶ含んでる感じがする。
文化も風土も歴史もぜんぶ。

地域がアイデンティティを失うというのはどういうことなんだろう。
奪われるんじゃなくて失うというのは。

東京や大阪、京都、北海道などはアイデンティティを持つのが上手だけど、名古屋は恐ろしくヘタだと思う。

でも日本という国単位で考えてみると、日本は他の国に比べると名古屋並みにヘタだと思う。
妙な都会意識とコンプレックスが強いとことか。そっくり。

他国にアイデンティティを奪われたり、そういう危機に面したこともほとんどない。

「自分」の形が見えてないと、人との付き合いも難しいし、発揮すべき局面で力を発揮できなかったり重要な役割を果たせなかったり、気付いたら相手の流れに乗っちゃって、すごくストレスになってたりする。

おもしろいこともいっぱい逃す気がする。

なにが言いたかったんだっけ。

ああ、方言っていいよねってはなし。

わくわく


試験が終わったら、ブログのロゴを作ったり、らららんを改造したり、おえかきしまくったり、おはなし作りまくったりしたい。

そしたらいろんな人にあって、いろんな話をして、いーねいーね!やろーやろー! ってなりたい。

壁紙変えたら


その前からだけど、朝になってちゅんちゅんうるさい。
夏はこれだから困るよ。

でも気分がふわふわしてるから寝る!
おやすみなさい・。

ふふん。


背景変えた。
かわゆす。

ふわふわ素材集(CDROM付)

これからは、ブログの背景だけじゃなく、いろんなところでもっとハイテクに素材集を使いこなせるようになりたいです。
なるはずです。

再読『恋』


寝付きにと思って読み始めたけど一気に読んでしまった。
後半半分。文庫、ページにして200ページほど。

最初に読んだときは、動揺して泣いたり、跳び上がったりした。
今回はそのころの自分の気持ちや状況を思い返しながら、感傷的に読んだ。

この本は、人にもらったもの。
「大好きな本だからぜひ」と言ってくれた。

その人が最初にくれたのはダイヤ3連のネックレスだった。
最後にもらったものは思い出せない。
精神の露呈だったかな。

いや、流れ星かな。

魔法使いだと思ってたけど、今思い返すと確かに流れ星みたいな人だった。

受験生生活はあと3か月。
それからどうしようか。

今できることを精いっぱいやろう。
大きなことはこつこつやろう。
小さなこともこつこつやろう。

31年わたしをやってきて分かったのは、何事も1つずつ、1歩ずつしか進まないということ。
それから、わたしのやりたいことはまだまだできそうということ。

遁世生活をしているがゆえの万能感かな?
でもそれも大事にしよう。